日本唯一の京弓職人。500年にわたり受け継がれる技

現在、柴田勘十郎弓店は京弓を作り続ける唯一の弓屋です。京弓の起源は戦国時代、天文4年(1534年)に遡ります。
初代は薩摩藩に弓手として仕え、その後京都の徳川家に仕え「御弓師(おにゅうみし)」の称号を授かりました。

その名は広く知られ、本能寺の変で織田信長が明智光秀軍と戦った際に使用した弓は柴田勘十郎の弓だったという伝説が残っています。
柴田勘十郎は明治22年(1889年)に宮内庁に任命され、伊勢神宮で20年に一度行われる式年遷宮の神宝も製作しました。
現在では21代目勘十郎家が勘十郎家の名を守り続け、2013年には59本の梓弓が神社に納められました。

Today, Shibata Kanjuro bow shop is the only bow store that continues to make Kyoto bows. The origin of the Kyoto bow dates back to the Warring States period in 1534. The first head of the family served the Satsuma clan as an archer, and from there he moved to Kyoto to serve the Tokugawa clan, where he was given the title of “Onyumishi” (royal bow manufacturer and archer). His name spread so widely that there is a rumour that the bow was used by Nobunaga Oda against the forces of Mitsuhide Akechi in the Honnoji Incident was the Kanjuro Shibata’s bow. In 1889, Kanjuro Shibata was appointed by the Imperial Household Agency, and he also produced the sacred treasures for the “Shikinen Sengu” ceremony held every 20 years at the Ise Jingu Shrine. Today, the 21st generation of the Kanjuro family continues preserve the name of the Kanjuro, and in 2013, 59 Azusa Yumi bows were delivered to the shrine.

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上城 孝嗣web master

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