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岡本太郎の名言・格言「逃げない、はればれと立ち向かう、それがぼくのモットーだ」
- 2020/11/7
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今回は、奇才・岡本太郎に学びたいと思います。
岡本太郎は、1911年神奈川県生まれで、父はマンガ家の岡本一平、母は歌人で小説家の岡本かの子。
東京美術学校(現・東京藝術大学)退学後、両親とともにフランスに渡ります。
そして、両親の帰国後もパリに残り、1931年パリ大学に進学。
哲学や心理学、民俗学などを学びながら、パリの美術動向を知ることになります。
なかでもピカソの作品に強く惹かれ、力強い輪郭線と原色を多用した作品を発表し、画集『OKAMOTO』の出版ほか、パリの芸術運動に参加するなど活発に活動しています。
しかし、第二次世界大戦の影響を受けて1940年に帰国。
中国への出征を経て、1947年に二科会の会員となり画家としての活動を本格的に再開し、主題から技法に至るあらゆるものを対極的にとらえる「対極主義」を提唱します。
翌年、花田清輝と出会い前衛芸術運動「夜の会」を結成。
多くの作品を制作しながら、54年に著作『今日の芸術』を出版するなど文筆家としても活動し、強い影響を受けた縄文土器や沖縄文化などについて執筆しました。
国内外で活動するなか、70年に大阪で開催された万博のテーマ・プロデューサーとなり「太陽の塔」を発表。
1989年、フランス政府より芸術文化勲章受章。
岡本太郎は、老いを重ねても創作意欲は衰えず、個展など精力的な活動を続けていましたが、80歳のときに自身が所蔵するほとんどの作品を川崎市に寄贈しています。
そして、1996年、84年の生涯に幕を下ろしました。
岡本太郎が残した名言に学びたいと思います。
自分に能力がないなんて決めて、引っ込んでしまっては駄目だ。
なければなおいい、今まで世の中で能力とか、才能なんて思われていたものを越えた、
決意の凄みを見せてやる、というつもりでやればいいんだよ。
・・・・・・続きは動画でご覧ください。
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